偉人伝の謎② 家庭教師編

偉人伝に関する違和感第二弾、今回は「住み込み家庭教師」の話です。

偉人伝には、よく女性の「住み込み家庭教師」が出てきます。ナイチンゲールも姉と共に、家庭教師の先生から「フランス語・歴史・数学・絵画鑑賞などを習った」らしいです。(学習漫画の脚注より)しかし、当時小学生の私はここで「ん?」となったわけです。前3者はわかる。現在でも学校で勉強する科目なので。で、最後の「絵画鑑賞」って、何?わざわざ教わらなきゃいけないの?そもそも具体的にどんなことを習うの?と、皆目見当もつきませんでしたね。

でもこの謎も、中野京子の本によって解けました。そもそも

「絵は眺めるものではなく、知識を持って読み解くもの」

だったので。先生はそのための知識を教えていた、という訳です。ナイチンゲールもアトリビュートやら何かの象徴やら、一生懸命覚えていたんだろうか。

そして、「住み込み家庭教師」という存在そのものについて。偉人伝を読み込んでいた当時は「さすがお金持ち。家庭教師も住み込みなんだ!」くらいしか考えていなかったんですが。(10歳児の単純な思考)この言葉自体に複雑な背景があった、ということが「怖い絵3」(現在は死と乙女篇)の「レッドグレイブ かわいそうな先生」の解説により判明。住み込み家庭教師、はガヴァネス(gaverness)と呼ばれ働く女性が軽蔑された当時、女学校の先生と共に、軽蔑されないギリギリの職業だったということ。「現役お嬢様を教える没落お嬢様」という精神的にきつい立場に置かれていたということ。かつての同じ階級の男たちは、ガヴァネスに「身を落とした」女性との結婚をためらったため、結婚すら難しかったということ。階級制度とは、かくも厳しいものであったかと改めて驚き。

女性は「働いている」ということ自体軽蔑された、ということの裏には労働に対するヨーロッパ人の意識が関係しているのかな、と思いました。なにせ「労働は、神の与えた罰」なのだから。

マリー・キュリーもガヴァネスをしていた時、そこの息子と恋仲になるも破局したという話がありました。「マリーさんは、いい人だけど、結婚はダメだ。あの人は家庭教師なんだから」というのが相手の父親の言い分。読んだ当時はわかりませんでしたが、そういう背景があったのかと30過ぎて納得しました。偉人伝は、大人になってからの方が、歴史の流れや社会的な背景がよくわかって、もっと楽しく読めるのではないか、と最近よく思います。

偉人伝の謎①

前回に引き続き、偉人伝話。

主に小学生の頃に、たくさん偉人伝を読んでました。(半分は学習漫画)で、大量に読み込んでいるうちに、だんだんと疑問や引っ掛かりを感じることが多くなりました。しかもいくら読み込んでも、よく分からない・全然理解できないものばかり。不愉快なモヤモヤが心に溜まっていきました。列挙するとこんな感じ。

  1. シューベルトの死に方が急すぎる。元から体が丈夫でないとは言え、こんなにアッサリ死ぬのか?(食あたりか腸チフスで寝込む→無理して悪天候の中、ベートーベンの葬儀に出席→更に体調悪化し死亡)
  2. チャイコフスキーの人生、女っ気なさすぎ(結婚には失敗、資産家女性からの資金援助はなぜか途中で断る)
  3. ナイチンゲールが「看護婦になりたい」と言った時の家族の反対が激烈すぎ(当時は看護婦=だらしない女性、のイメージがあったとは言えここまでか?)
  4. シューマンが入院した後、自殺未遂を繰り返すに至ったその過程が不明瞭(創作が行き詰まってノイローゼになったのかと思った)
  5. 野口英世が研究していた「梅毒スピロヘータ」という病気の説明が大雑把すぎて意味不明(チフスやコレラの説明文とは明らかに違い、感染経路も症状も全然書かれていない)
  6. ヘレン・ケラーの人生が勉強と講演ばかり。それで人生楽しかったのか?(障害者の恋愛、は時代からしたら難しかったかもしれないが、それで良かったのか?)

これらのモヤモヤ、成人したあたりから、少しづつ溶けていきました。まあ、結論からいうと

性にまつわるエトセトラ

だったのです。具体的にあげると

  1. もともと梅毒、及び水銀療法のため体力がおちていたから
  2. チャイコフスキーはゲイだった
  3. だらしない、とは「性的な意味で」だった(要は娼婦のイメージがあった)
  4. シューマンの精神疾患は、梅毒の末期症状
  5. 梅毒は性感染症のため、子供向けの本では詳しく説明できなかったから
  6. 好きな人はいたらしいが、周囲が(特に母が)引き裂いた模様

ということでした。「偉人伝」ですもの、「聖人伝」ではありませんから。泥臭く生臭いエピソードがあって当然です。しかし1,4,5,が、「梅毒」という一つのキーワードで繋がってしまったのはびっくりでした。どんだけ流行してたんだ。

野口の伝記について:梅毒が説明しづらい病気だとしても、梅毒の説明が不完全だと、野口の功績がうまく伝わらないのでは?「一部の精神疾患は感染症が原因で起こる」ということを発見した功績が。高校生くらいで性教育も絡めて、しっかり教えてもいいんじゃないかと思います。親から苦情が来ても「偉人の生涯について教えました」と言えばなんとかなるかも。

ちなみに、梅毒の説明文は脚注で「梅毒スピロヘータによって引き起こされる、恐ろしい法定伝染病」と書かれていた感じでした。梅毒が「梅毒スピロヘータ」によって引き起こされる、というのは本文中で既に説明されているし、恐ろしいからこそ「法」で「定」められていて、野口が必死こいて研究してるんだろう!もうトートロジー、同語反復のカタマリで説明になっていませんでした。不親切すぎて腹が立つ文章でした。

最近の偉人伝

2年ほど前、本屋の児童書コーナーの偉人伝の区画に行ってみました。「最近は、どんな人が偉人とされているんだろう」と気になったのです。昔とは少し違った角度から選ばれている、という報道もあったので余計に。たしかに、20年程前には目にしなかった人が増えていました。定番のエジソンやナイチンゲールに混じって、ルイ・ブライユやアンナ・パブロワなど。ちょっと立ち読みしましたが、ブライユの伝記、結構楽しく読めました。名前しか知らなかったので。そして「ああ、女性が増えたなあ」などと嬉しく思っていると、意外すぎる名前が目に飛び込んできました。

エカテリーナ2世

瞬間、「時代は変わった!」と直感しました。なぜか?斎藤美奈子の「紅一点論 アニメ・特撮・伝記のヒロイン像 ちくま文庫」によると、「女が偉人になる条件」としては、

  1. 白人女性
  2. 育ちが良くて勉強好き
  3. 性的に貞淑
  4. 有力男性のお墨付きがある
  5. ポジションがわかりやすい

が、挙げられるらしいので。クーデターで夫を帝位から引きずり下ろした後、自ら即位し愛人が(わかっているだけで)12人いたエカテリーナは、二昔前なら絶対に選ばれなかった人なのです。明らかに3.に違反する上、5.のポジションに関しても、見方にとってはほとんど「悪の女王」なのですから。(ポーランド分割・農奴制の強化など)明らかに「魔法少女」でもなく、「聖なる母」でもなく、「紅の戦士」としても半端な人です。その人が「偉人」として取り上げられるようになったのは、時代が変わった証拠の一つかなと思います。1.2.4.はクリアです。貴族の家に生まれた真面目な勉強家で、ピョートル大帝の孫と結婚した後歴史の表舞台に出て、軍人達の支持のもと即位したので。

内容はというと、愛人たちのことは「恋人」とうまくぼかしていました。人数も書かれておらず、名前が出てきたのも二人だけ。後のポーランド国王、スタニスワフ・ポニャトフスキと、クーデターの立役者のグリゴーリー・オルローフだけでした。

蛇足:マリー・アントワネットも取り上げられていましたが、この人って「偉人」なんでしょうか?私個人の主観では「有名人」であっても「偉人」ではない気がします。(悪女でもないですが)前掲書によると「お姫様」の代名詞としてではないか、という分析でした。母親のマリア・テレジアの方が、取り上げる順番が後になってましたが、これって逆なんじゃないか?しかし、マリア・テレジアの伝記、私が小学生の時読みたかったですねぇ。それにしても、親子で偉人伝に取り上げられるってのもすごいな。