「岩月謙司」を振り返る10 本を買わなかった訳6

前回から大分間があいてしまいましたが、「岩月の本を買わなかった訳」、今回が最終回の11.です。本当は、前回と一緒の記事にする予定だったのですが、前回が予想より長くなってしまったので分割しました。

理由11   元々の研究対象と現在の研究対象が違いすぎて論理に説得力がない

岩月は、よく「私は生物学者ですから」という前置きで話を進めます。確かに岩月の専門は、動物生理学・動物行動学・人間行動学(日本の論点・2004より)、とされています。これらの学問は、行動の根拠を生得的な特徴だけに求めるのではなく、後天的に培われた文化社会的な要素もある程度視野に入れているらしいです。そして岩月の一連の著作も、概ねそうした観点に基づいて書かれているそうな。(諸君! 2003年・11月号 田口亜紗の論考より引用)

この3つの分野のうち、前の二つの関連性はわかります。しかし、最後の「人間行動学」は、どうか?要は「私は生物学者だ!動物行動学者だ!人間だって動物だ!だから人間の行動だって分析できる!」という理論はどこまで正しいのか、疑問に思いませんか?何か、3段論法の罠のようなものを感じて、信じていいのか一瞬躊躇ってしまうのは私だけなのか。ここで、信頼性を判定するポイントは、「もともとの研究対象と人間との生物学的な距離・類似点・相違点」ではないのかと考えられます。

例えば、人間とボノボを比較した研究だったら信頼性は高いでしょう。人間とボノボは近縁種で、どちらも群れで生活しています。人間の近縁種でなくとも、細胞レベルの話であれば共通点は多いでしょう。大腸菌とカニと人間で、リボゾームの働きに違いがあるとは思えません。

で、岩月の研究対象は何かというとゾウリムシオオマリコケムシなんですよね。さらに細かくいうと「ゾウリムシとクロレラの共生について」。この二つの生き物の特徴を大まかにまとめてみると、

  • ゾウリムシ  単細胞生物で、無性生殖と有性生殖二つの方法で増える。単独行動し、他個体の影響を受けるのは有性生殖時のみ。
  • オオマリコケムシ 外肛動物で、やはり有性生殖と無性生殖の両方を行う。群体を作るがそれは無性生殖で。要は群体内の個体は全てクローン。

となります。どちらも単純な構造の、脳を持たない無脊椎動物で、他個体との協力やら敵対やらもなく、生殖行動もやはり単純。つまり、ほとんど反射や本能で生きていて、文化社会的な要素、「家族」・「社会」という概念がない生物なのです(当然「父親」という概念はない)。対して人間は、巨大な脳を持ち、群れで生活し、群れのメンバーやら宗教やらメディアの影響を大きく受ける高等動物です。要は、ゾウリムシと人間の行動に類似点はほとんどないのです。性行動については言わずもがな。「私は、ゾウリムシの行動を研究していた動物行動学者だ!人間の性行動だって分析できる!」という岩月の主張は、あまりに飛躍しすぎていて説得力がない、ということがお分かりいただけたでしょうか。

ゾウリムシの専門家が恋愛カウンセリングをしている」ということを、世間はどう評価してきたのか?と、記憶を掘り起こしてみましたが、特にどうともしてなかった気がします(疑問を表明していたメディア関係者は多分ゼロ)。別に岩月は、専門がゾウリムシであることを隠してはいなかったのですが、毎度毎度説明していたわけでもありませんでした(日本の論点・2004や、論座・2003.4月号でも書かれていない)。しかし、それにしても「何かヘンだ」と思った人は本当にいなかったのか、実に不思議です。もしかしたらいたのかもしれませんが、「ベストセラー連発作家」の前に、沈黙していた可能性が高そうです(又は上司に握りつぶされたか)。

じゃあ、お前はどう考えていたのか?と言われそうですが、私は、岩月の専門がゾウリムシであることは知っていました。が、あまり深く考えていませんでした。といいますか、「大学教授」という肩書きの眩しさの前に、「ゾウリムシ」が霞んでしまったような感じでした。ときおり「このバックボーンで本当にわかるのか?」と疑問に思うこともあったのですが、世間がほとんど無反応なので、気にする自分が神経質なのだ思っていました。

…この記事を書くために調べ直していて気づいたのですが、「生物学者」・岩月が教鞭をとっていたのは、「教育学部」なんですよね。別に、教育者でなければ教育学部で教鞭をとってはいけない、訳ではないのですが、なんか全てがちぐはぐな気がしませんか?「ゾウリムシが専門の生物学者が、教育学部で人間の性行動を研究し、恋愛や親子関係のカウンセリングをしている」って、今から考えると怪しさ爆発ですな。

 

 

 

 

投稿者: 管理人富永

関東在住。気がついたらアラフォー。女性。

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