乙武サンについて10 親戚編

一連のブログ記事を書くために、乙武氏絡みの本やネット記事を読み込んでいて、ふと疑問に思った事があります。それは

乙武さんって親戚いないの?

でした。「五体不満足」では、両親との温かなエピソードが、当然ながら沢山書かれていました。近所の人や友人との感動的な話も、それなりにありました。が、おじ・おば・いとこ、といった親戚との話が何一つなかったのです。どこか不自然な気がしました。「クラスメートとケンカした」、「いつもクラスの中心だった」というエピソードを堂々と載せる位なんだから、「いとこと取っ組み合いの喧嘩をした」やら「親戚が集まるといつも話題をさらっていた」やらの話が出てきてもおかしくないのですが。(こんな疑問が沸いたのは、私自身がそれなりに親戚付合いのある家庭に育った、という背景が影響しているのかもしれません)

「五体不満足」(完全版)を読み返しましたら、氏が小学生の時点で、祖母は1人実在したことは確認できました。が、それ以外の祖父母は、全く出てこない。もしや全員他界済みか?そしてその他の親戚については、「し」の字すら出てこない。早稲田大学教授との対談(こちら)では、「上の世代の親戚」と言う言葉がでてきます。この「上の世代の親戚」がおじ・おばを意味しているなら、彼には親戚がいるということになりますが、この対談ではそれ以上の言及はありません。そして、「乙武 親戚」と検索をかけてみてもほとんどヒットしない。なぜなのか、ちょっと仮説をまとめてみました。

  1. 本当に親戚がいない(祖父母は既に他界の上、両親ともに一人っ子、等)。
  2. 親戚が本に書かれるのを嫌がった(プライバシーの問題)。
  3. 単純に、書く機会がなかっただけ(インタビューや著作の本筋に関係がないため)。
  4. 「感動的」なエピソードが無いため、書けなかった。

まぁ、こんな所ですか。その他では、4.の発展形として「障害が原因で縁遠くなった」ということも考えられます。よく障害児の親の回想録等で、「子供の障害のことで親戚から責められた」やら「障害が原因で縁を切られた」等の話が出てきますが、乙武家ではそんなことはなかったのか?と、多少疑ってしまいます。が、これはゲスの勘繰りになってしまうのでしょうか。

そういえば、乙武氏が母と対面したのは生後1ヶ月の時。退院は当然その後ですが、その1ヶ月の間に両家の祖父母が面会を希望して来院した、ということはなかったのでしょうか?父親がシャットアウトしていたのか?一体どんな風に?その方法が知りたくなってしまいます。

投稿者: 管理人富永

関東在住。気がついたらアラフォー。女性。

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